開催されたパネル展の報告
■一橋大学
2002年6月8、9日の二日間にわたり一橋大学国立キャンパス・東キャンパスでパネル展を開催しました。



■相模原
昨年11月3日、4日の両日、神奈川県の相模女子大学の学園祭(相生祭)でパネル展を開催しました。
企画したのは学芸学部の吉田義久教授が担当する教養ゼミの16人。ゼミ生たちは細菌戦と戦後補償問題をテーマに研究を続けてきました。
写真は展示風景と講演会。講演しているのは矢口仁也さん。



■四国・高知
相模原の展示の後、パネルは四国・高知)へ。高知では11月30日から12月7日まで高知市立市民図書館を会場に開催されました。
「『朝日』・『毎日』・『高知』・『赤旗』などの新聞やNHK、RKCテレビが取り上げてくれました。
日本人が世界に通用する存在になるためにも、二度と同じ過ちを繰り返さぬためにもこの裁判に勝利しなければならないと思います。細菌兵器で非業の死を遂げた中国の無辜の人々の声に耳を傾け、世論を高めるため全国隅々で細菌戦パネル展を開くことを呼びかけます」
(平和資料館・草の家 館長 西森茂夫)


▲11月30日付 朝日新聞

▲11月30日付 毎日新聞

▲高知新聞
■東京・中野
東京では、昨年12月21日(金)から26日(水)にかけて、「なかのZERO」(中野区もみじ山文化センター)で開催されました。 この催しではパネル展にあわせて、以下の日程で講演が行われました。
また、開催中に731細菌戦裁判が東京地裁で行われ、来日原告らがパネル展示会場を訪問し市民、学生らとの交流が実現しました。
731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟
PDFテストです
2002年6月8、9日の二日間にわたり一橋大学国立キャンパス・東キャンパスでパネル展を開催しました。



■相模原
昨年11月3日、4日の両日、神奈川県の相模女子大学の学園祭(相生祭)でパネル展を開催しました。
企画したのは学芸学部の吉田義久教授が担当する教養ゼミの16人。ゼミ生たちは細菌戦と戦後補償問題をテーマに研究を続けてきました。
写真は展示風景と講演会。講演しているのは矢口仁也さん。



■四国・高知
相模原の展示の後、パネルは四国・高知)へ。高知では11月30日から12月7日まで高知市立市民図書館を会場に開催されました。
「『朝日』・『毎日』・『高知』・『赤旗』などの新聞やNHK、RKCテレビが取り上げてくれました。
日本人が世界に通用する存在になるためにも、二度と同じ過ちを繰り返さぬためにもこの裁判に勝利しなければならないと思います。細菌兵器で非業の死を遂げた中国の無辜の人々の声に耳を傾け、世論を高めるため全国隅々で細菌戦パネル展を開くことを呼びかけます」
(平和資料館・草の家 館長 西森茂夫)


▲11月30日付 朝日新聞

▲11月30日付 毎日新聞

▲高知新聞
■東京・中野
東京では、昨年12月21日(金)から26日(水)にかけて、「なかのZERO」(中野区もみじ山文化センター)で開催されました。 この催しではパネル展にあわせて、以下の日程で講演が行われました。
また、開催中に731細菌戦裁判が東京地裁で行われ、来日原告らがパネル展示会場を訪問し市民、学生らとの交流が実現しました。
731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟
PDFテストです
731細菌戦パネル展

日本は、中国への侵略戦争で、細菌戦部隊(731部隊や1644部隊)を使って細菌戦を 行いました。
1940年に浙江省の衢州市・寧波市で、翌41年に湖南省の常徳市でいずれもペスト菌を投下し、42年には浙江省の江山市などにコレラ菌等を散布して、少なくとも数万人の中国住民を殺害しました。
細菌兵器の使用は、当時の国際法でも禁止されていた戦争犯罪です。しかし石井四郎ら細菌戦の責任者は実験データーをアメリカに提供することによって、東京裁判における訴追を逃れました。そして日本は、今も中国に対して細菌戦を行った事実を隠し通し、謝罪と賠償を拒否しています。
731部隊の人体実験については広く知られていますが、部隊の設置目的そのものである細菌戦については、まだよく知られていないと思います。
現在、中国の細菌戦被害者180名が日本政府に対して、謝罪と賠償を求めて裁判を行っています。この裁判は、1997年8月に提訴し、2001年12月26日の第27回裁判をもって結審し、判決は6月下旬から7月初旬ころの予定です(くわしくは裁判闘争の経過年表をごらんください)。
私たちは、中国の細菌戦被害者と連帯し日本の責任を明らかにするために、各地で細菌戦パネル展を続けています。
また学園祭、文化祭、市民ギャラリーなど各種イベントのためにパネルを貸し出しています。ご利用ください。


